生成AIの登場から数年。学校現場では「AIをどう授業に取り入れるか」の議論が進む一方で、教員の多忙、自治体間の格差、入試のあり方など、構造的な課題は依然として重くのしかかっています。いま、教育立国推進協議会で議論されている「人材未来庁」構想とは何か。そしてAI時代に、学校・民間・私たち一人ひとりは何をすべきか。公益社団法人全国学習塾協会会長の安藤大作氏に、一般社団法人教育AI活用協会(AIUEO)の佐藤が聞きました。
安藤大作(あんどう・だいさく) 公益社団法人全国学習塾協会会長。日本民間教育協議会の会長を務め、学習塾・スイミング・英会話・ピアノ・書道など民間教育の業界団体を横断してまとめた。教育立国推進協議会のメンバーとして、人材未来庁構想の議論に携わる。
1. 教育立国推進協議会とは
――まず「教育立国推進協議会」とはどういう会なのか、お教えいただけますか。
2022年1月に、下村博文衆議院議員が会長となって立ち上がった議員連盟です。自民党に限らず党派を横断して国会議員が100名、200名と集まり、民間の有識者も100名ほど加わりました。政治も民間も、気持ちのある人が「この国の教育を変えていくんだ」という思いのもとに集まった会です。
――立ち上げの背景にある危機感をお聞かせください。
根本にあるのは、各論ではなくベースの教育だということです。教育はすぐに効果が出るものではありませんが、中長期的には間違いなく国の形をつくります。日本人がこの国で平和に豊かに幸せに暮らしていくために「教育のあり方はこれでいいのか」、今やっておかないと大変なことになるのではないか、と。目先の利益ではなく党派を超えてやろう、民間も同じ思いならどんどん入ってこい——下村先生が懐を大きく広げてくださって、できた会です。
2. 人材未来庁構想の背景
――最近「人材未来庁」という構想を発表されたと伺いました。こちらについてお話しいただけますか。
人材未来庁は、もともと下村会長の構想です。
各論で「あそこがよくない」と言い始めればきりがありません。社会実装されないと「文科省がやっていない」「経産省がやっていない」となりがちですが、文科省も経産省も、厚労省も、こども家庭庁も総務省も、皆さん一生懸命やっておられます。
しかし、その一生懸命が線になり面になって大きく変わっていくには、今の構造では限界がある。それぞれの努力が掛け合わさって社会が動き始める——そういう全体をデザインする機関が、内閣直属で必要なのではないか。全体をデザインするものがない限り、点は点のままで終わってしまう。これがそもそものスタートです。
――縦割りだった省庁を横断して、トータルでデザインする庁だということですね。
よく誤解されるんですが、「どこそこの省がダメだから」ということでは全くありません。各省の皆さんの頑張りが報われ、描いていた世の中にしっかり近づくように、ということです。予算、省庁間の調整、世の中全体と直結した人材づくり——いろんな観点を網羅的にやる、という意味合いです。
3. 人材未来庁——六つの観点
――以前、6つほど観点があるとお聞きしました。全体像をお話しいただけますか。
① AIドリブン——日進月歩のAIとどう向き合うか
一つ目は、日進月歩で進化するAIです。「やり方」をみんなで決めて研修をした頃には、AIはまた進化しています。ですからやり方論に閉じず、「あり方」から考える必要がある。
学校でAIをどう使うべきかは、すでに文科省が一生懸命やっておられます。人材未来庁が一から書き直しても意味はない。今の取り組みが実装され加速するには何が必要か。民間の声を届け、民間の開発力やスピードも活かし、官だけに閉じずに総力を上げてAIに向き合う。これがAIドリブンです。
② ウェルビーイング
二つ目はウェルビーイングです。これまでは「スキルを上げよう」でした。しかしその前に、心がついていかない、モチベーションが上がらないというケースがたくさんあります。
スキルを上げきれなかった人、さまざまな事情がある人も、人材という観点では大変貴重です。一部のやれる人だけで社会が回る時代ではありません。「こういうことなら私はできる」というものをキャッチアップし、社会の中でうまくはまって全体が機能する社会をつくる。
これは一つの省庁だけでは社会実装まで行くのが難しい。「人材」という括りでトータルデザインしながら、実務的なところは各省庁にお手伝いいただく。そういう意味でのウェルビーイングです。
③ 大学入試改革
三つ目は大学入試改革です。全国学習塾協会をやらせていただいていますが、学力は必要です。基礎学力がないとAIもうまく使えません。
しかしその上で、学力だけではこれから先は難しい。人間力、人と協調する力も必要です。ペーパーで知識を問うだけでは、知識はAIの得意分野ですから、社会では通用しない。大学入試もそれに応じて変えていく必要があります。
そうなると評価の問題が出てきます。公平・平等とどこかで折り合いをつける必要があり、それぞれの大学がそれぞれの個性で入試をしていく必要があるのではないか——という仮説です。文科省も取り組んでこられ、経産省も経済界から「ペーパー知識偏重で耐えられるのか」という声を受けていると思います。各業界とも調整しながら人材育成を図る。これが三つ目です。
④ 学校——教員不足と事務量
四つ目は学校です。教員が不足している、なり手がいない、離職が多い。忙しすぎるという問題があります。
部活などを業務委託するにはお金がかかる。どの省庁がこのお金の問題を解決するのか。一方で事務量が多い。その事務量はすべて必要なのか。削減すれば余白が生まれ、探究や、さまざまなところと協働する余裕が生まれます。
⑤ 教育と産業のマッチング
五つ目は、教育と産業のマッチングです。産業界は「理系が欲しい」「高専人材が欲しい」と言っています。総理の重点分野も、量子やロボット工学、造船業などです。
ところが教育界から上がってくるのは文系が多く、文系事務職は余剰になっている。社会的に必要な人材が上がってこないミスマッチがあります。人口が減少する中では、ミスマッチを少なくし、皆さんが何かしら活躍できる状況を目指さないといけない。
そもそも学校の定員設計はどうなのか。高専や専門学校が重要なのではないか。地方では一次産業やエッセンシャル産業の人材が足りない。みんながホワイトカラーを目指すので本当にいいのか、という問いが出てきます。
ただし「社会に出るために学ぶ」ではありません。学びには本人の意欲や生き方、教養が非常に重要です。「どう生きたいのか」「どう社会に貢献し、価値を生み出したいのか」——志やパーパスも、しっかりやる必要があります。
⑥ 財源確保——教育国債と特別交付金
最後、六つ目はお金です。お金の話をせずに議論しても難しい。
一つは教育国債です。戦後インフラを整えるために建設国債があったように、今は教育のために教育国債を発行する。
今、教育は自治体任せの部分があり、お金のある自治体はAIも外部委託も進みますが、お金のない自治体は進みにくい。しかし佐藤さんもおっしゃっていたように、お金のない自治体ほどAIやオンラインが必要です。「チャレンジしたい」という自治体に、教育国債を財源とした教育特化の特別交付金を出す。そうすれば各自治体が、町の存続と子どもたちの未来のために、中長期的な投資ができます。
会社も個人も家庭も同じで、余裕がないと今日のことで精一杯で、中長期的な投資まで頭がいかない。教育はまさに中長期的な投資です。余白がない限り、リターンまでタイムラグがあるものは進まない。これが教育改革が進まない理由であり、だからこその財源確保です。
4. 「点」で終わらせないために
――まさに、教育を前に進めるためのグランドデザインを描く庁だということですね。
私の中ではそうです。この国には、ボランティアで汗水流して教育に尽くしている方がたくさんおられる。本当に涙が出ます。でも、その努力がその場その時の「点」で終わってしまうのは非常にもったいない。皆さんの思いが社会実装された素敵な未来を見たい。
「政治家がやらないんだ」と言うだけではなく、民間でも何ができるのか。みんなの汗が報われるための構造——その一つに、人材未来庁がなる可能性は十分あると思います。
――六つの論点、非常に緻密に、かつ大胆に組まれていると感じました。
5. AI駆動の教育改革——具体論
――私たち教育AI活用協会として取り組んでいるど真ん中の「AI駆動の教育改革」について、どういう取り組みをイメージされているか伺えますか。
AIを使った学びについては、文科省がリスクも含めてすでに大変考察を深めていらっしゃいます。
よく言われるのは、AIを超えたところで授業を設計しよう、対話や議論、ディベートをしよう、ということです。AIで学んだことを、人と協力する力、違う意見を持つ者同士を着地させる力——「場の力」に使う。学校は人が集まるからこそできることがあります。
AIがあれば自分の中で最適解までは行けるかもしれない。しかしそれを社会実装し、価値や貢献につなげるには、みんなと協力する力が要る。その基礎的な経験を、学校という場でやっていかないといけません。
AIリテラシーと「文化的教養」
まず、AIと向き合うにあたってのリテラシーと文化的教養をどう育むのか、という論点があります。「AIでこんなことができる」は日進月歩で変わっていく。だからこそ、どうであってもAIと向き合う人としてのリテラシーと文化的教養をどう育むのか。これが一つです。
教員の余白
もう一つ。AIを授業に取り込んで反転学習や議論をやると言うのは簡単ですが、教師の役割は当然変わります。教員も一人の人材で、言われたことをすぐできるほど負荷は軽くない。今の教員に新しいことを吸収する余白があるのか、という問題があります。
ならば、事務量の部分こそ今あるAIでできるのではないか。教員側が積極的にAIを活用して余白を生み出す。
つまり、教師も生徒もAIで余白を生み出す。その前提としてリテラシーと文化的教養を育み、余白の中で「そこでしかやれないこと」をやる。概念的には皆さん言うんです。でも、社会実装には何が足りないのかを因数分解し、点で終わらせず、線に、面にしていく。そこで人材未来庁が果たす役割は、当然議論されるでしょうね。
6. リテラシーはどう身につくのか
――子どもたちが主体性を持ってAIを使いこなす土台として、リテラシーや教養を具体的にどう身につけるかは、これからの議論でしょうか。
まだ相当に試行錯誤が必要でしょうね。誰かの正解がほかの人の正解とも限りません。
よく語られるのは読書感想文です。AIが書いてくれるなら宿題として成り立たない。AIに頼らず四苦八苦して、試行錯誤しながらなんとかたどり着く——そのプロセスにこそ尊い価値がある。粘り強さ、うまくいかない経験、考え抜く経験。それが社会に出てから、思うようにならないことをみんなと協力して成し遂げたり、理不尽を解釈を変えて乗り切ったりする場面で効いてきます。
その初期体験を学校で身につけるのだから、一概に「AIでやればいい」とはいかない。でもAIは非常に有効な手段でもあるので、全面否定もしません。
自動車の比喩
自転車が自動車に変わるとき、「危ない」「排気ガスで空気が汚れる」と言われましたよね。でも今、自動車は当たり前です。排ガスは規制で、事故は交通ルールでコントロールしました。
AIもきっと同じで、規制やルールをつくりながら共存していくのだと思います。そのときに「何のためのルールなのか」について、つくる側と守る側のリテラシーと文化的教養、共通理解を深めていく。これは国民全体の話で、どこかの省庁がやって完成、ということでは実装されないと思います。
――国民を含めた合意形成ですね。生成AIはまだ出てきて3〜4年で、何が正しいのか分からない部分が多い。だからこそ黎明期の今、みんなで膝を突き合わせて意見を出し合い、合意形成しようという思いで始めたのが私たちの協会であり、このサミットです。今のお話に重なるところを感じました。
7. 民間教育の役割——ベストプラクティスをつくる
――民間教育の側からは、AIドリブンの教育改革をどういう視点で考えればよいでしょうか。
民間教育は、それぞれの企業の理念や価値観で自由に挑戦するものですから、スピード感を持ってベストプラクティスを模索していくところだと思います。
そのベストプラクティスは「儲かる」だけでなく——もちろん継続のために利益は必要ですが——本来の目的である、子どもたちの可能性を伸ばすこと。それを民間が実績を持って示して初めて、公がそこに学ぶ、という構図があるのではないでしょうか。
手探りの中で、公が出した答えが正解とは限りません。素晴らしい実績が出たときに「それをやってみよう」となり、リトライを重ねながら、それが一つのスタンダードとして公教育に広がっていく。だから、挑戦ですね。
――私も民間企業を運営していますので、このチャレンジは続けなければと改めて思います。
チャレンジの奥にある価値観は、それぞれの企業のものでいい。ただ、そのもっと奥には「世の中がより良くなるため」という、どの企業にも共通する価値観がある。そこから派生したものでないと、世の中に波及するのは難しい。
「自社だけが儲かる」では、みんなに共通する奥の価値観には行き切れない。子どもにも、社会にも、事業者にも、指導者にも、未来にもいい——そんな全方向にいいベストプラクティスを、AIの進化と同様に企業の日進月歩の努力で見つける。それが日本の新しい教育スタンダードになっていく。だから民間教育の挑戦が重要なんです。
8. 社会を動かすもの——ライバル同士が仲良くなるとき
――時にはライバルでも、「日本を良くしよう」という企業はたくさんあります。協会として人材未来庁の構想に少しでもご協力できることがあれば、ご教示いただけますか。
具体論の前に。佐藤さんが今おっしゃったように、経営者同士はライバルになることがありますよね。
私が協議会に入るきっかけの一つが、日本民間教育協議会の会長を務めたことでした。学習塾、スイミング、英会話、ピアノ、書道など、民間の習い事の全国業界団体が一堂に会するものです。
10年近く前、各団体にお声がけしたとき、習い事は「放課後の子どもの取り合い」ですから、最初はライバルです。でも「自社の利益ではなく、世の中に対してなんだ」とお声がけしたら、まとまって、今は仲良くやっています。
社会が大きく変わるときは、ライバル同士が仲良くなるときなんだと思います。薩摩と長州もそうかもしれません。手を組むとは会社が一つになることではなく、大義で動くということです。
A社にはA社の、B社にはB社の目的がある。でもそれを超えた共通の目的がある。佐藤さんと私も、ご覧の皆さんも同じです。ライバル同士がその目的のもとに一つになったとき、世の中は動く。まずその意識です。「それはそうなんだけど、今回はそこじゃない」という意識があれば、化学反応があちこちで起こると思います。
世論をつくる
その意識を持った議論があちこちで巻き起こり、「世の中のために話し合おう」という場や大きなカンファレンスが生まれる。その流れが一つの大きな世論になります。
教育は世論と相性がいいと思うんです。「受験」だと関係ある人とない人に分かれますが、「人材」という言葉を使ったのは、自分も周りもみんな人材だからです。材料ではなく、財産という意味で。関係のない人は誰もいない。
だから一人ひとりが得意分野を活かして、もっと豊かで幸せな社会のために一肌脱ぎ合いましょう、と。人より1mm得する話ではなく。社会を動かすのは、損得をいったん離れることだと思います。
会社が良くなっていないのに自分の給料だけ上げる話をしても仕方がない。遠回りなようでも会社を良くする話をしたほうが、給料は上がりやすい。同じように、全体が良くなることを思って話し合いをするといいのではないでしょうか。
9. 協会にできること——三つの提案
――私たちにできることは、黎明期だからこそ、AIリテラシーも含めてみんなで議論する場——勉強会、コミュニティ、研修——をつくることかと思っています。
三つ申し上げたいと思います。
一つ目は、民間の中でベストプラクティスを促進・形成し、「民間はここまで来ている」と示すこと。それが世論につながればもっといいですね。
二つ目は、AIを使うにあたっての文化的教養とリテラシーをどう育むか。まだ誰も答えを持っていません。でもこれをつくれば、AIがどう進化しようと揺るがない軸ができる。軸がないと毎度迷い道になります。AIの専門家として、誰もが思っていながら形にできていないところにトライしてほしい。
三つ目は、学校が変わること。民間はある程度自分でやれますが、学校はなかなか変わりようがない組織です。そこを変えに行く。キーワードは事務量の削減です。そこにAIがソリューションとして実装されれば、学校で「学びのAI」が加速し、入試も民間教育も加速する。そちらが先になる場合もあるわけです。
――私たちは「AI×教育」という局所的なところかもしれませんが、今日も学校の先生、教育委員会、民間、議員の方、生徒さんが来てくださっています。こうした場の化学反応から事例やソリューションを生み出し、人材未来庁の議論の素材にしていただく。その一翼を担えたらと思います。
10. これからの教育のあり方
――すべての議論が「人間中心」につながると感じました。最後に、これからの教育のあり方と人材未来庁のビジョンをお聞かせください。
まず人材未来庁について。皆さんそれぞれの立場で一生懸命生き、思い悩むこともあるでしょう。でも、それぞれに長所や個性、やれることがあります。
減点主義で「自分はダメだ」となるのではなく、本当はまだまだできることがたくさんある。どんな人にも魅力があり、貢献できるところがあり、それがうまく噛み合う構造をつくっていく。みんなで一肌脱ぎ合って、今が100%なら110%くらい本気を出す。それだけで十分変わります。人材未来庁も、あるべき教育の姿もそれです。
次にAIについて。自動車も全面否定していたら今の時代はない。かといって肯定しすぎて乗り回せば、事故だらけになるかもしれない。一度乗って試してみて、「だから制限速度を」「だから交通ルールを」「だから排ガス規制を」となった。全部、乗ったから分かったことです。
そもそもみんなが幸せになるための自動車で、自動車を肯定するために世の中があるわけじゃない。AIも同じで、みんなが幸せに生きるためのものだと認識し直し、「ここまではいい」「ここはまずい」を早くうまく交通整理する。AIに近いところにいる人こそが、トライアンドエラーで最適化へ向かう。その最適化は一年後にまた変わるでしょうが、交通ルールのように変わっていいんです。
最後に。今日は私の立場から見える景色をお話ししました。違う立場から見れば違う景色もあるでしょうし、言い過ぎた面があれば失礼いたします。誰かを否定するつもりはありません。全員にとってのより良い世の中のために、一肌脱ぎ合って、10%ずつ出し合って、損得を超えて大義で動く。ライバル同士が仲良くなったとき、社会は動くと思います。そこを目指していければと思います。
――どうもありがとうございました。
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本稿は一般社団法人教育AI活用協会が安藤大作氏に行った独自インタビューです。太字の「――」で始まる箇所は聞き手の質問、それに続く段落は安藤氏の回答として掲載しています。導入文、見出し、質問、記事末尾の論点整理は編集部による構成です。回答部分はインタビュー記録に基づくもので、外部記事からの引用ではありません。
出典:本協会による安藤大作氏インタビュー(本記事)
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